感性

3連休最後の日。
初雪となりました。
本格的に降っています。
雨と違って、雪は静かに降ります。
真っ白です。
そして、積もります。
寒いのは苦手だけど、雪は好き。


さて。
コミュニケーションの話をよくしていますが、
感性が近い人と話をするのと、
遠い人と話をするのとでは、
話の流れ方が圧倒的に違います。
「魂で会話する」の話をしましたが、
感性の遠い人と会話すると話がこじれてしまうのは、
多分、思考の深さが違うからなんだと思います。
それは例えて言うなら、
目の前に古びた沼があって、
それを見た1人が底に湧き上がる水を見て、「きれいだね」と言うと、
もう1人は、「こんな沼のどこがきれいんだ」と言う、
そんな感じなんじゃないかと思う。
どこを見て、何を感じて、「きれいだね」と言ったのかを、
聞こうともしない、知ろうともしないで、切り捨てる。
それは、その「魂の会話」になぞらえて言えば、
「見ているけれど、何も見ていないのに等しい」。


それは感性の問題だ。
そして生き方の問題だ。


「どこ見てんのよ!」という青木さやかのツッコミを、
違う意味で言いたくなるときがある。


何かを共有するということ。
それは感性に大きく左右されているように思う。
そしてその感性とは、
どれくらい感動するか、であると思う。
心が動くこと。
わたしは、動かされたり動かしたりして生きていたい。