思考停止

rock_azure2015-11-24

いわゆるネットという世界の中には、投稿と、それに対するコメントが行き交っている。
そのやり取りの中には不快なものも多く、読んでいると、もうこの世界はどうにもならないんじゃないかとさえ思えてくる。
まぁ、そこが落とし穴なんですけど。


投稿、反論、批判。
どれもあっていいけれど、問題はその方向性だ。
ただ相手を貶めたり、言い負かしたりするためだけのものには意味がない。


私は物事に反射的に直観的に反応するので、なぜそうなるのか、後でゆっくり考えなければ理屈がわからないことがある。
私も先に読んでいたテロに関するある記事に対して、欧米に対する偏見だ、という投稿があった。
私は「偏見」という言葉に引っ掛かったので引用投稿したのだけど、その方から反応があり、「歴史の引用には恣意が入る」との説明だった。


個人によって取り方も、意見も、考え方も異なる。
歴史をどう捉えるか、そこから何を感じ、何を考えるか。


意見というのは、今までに見聞きし考えてきたことの集約である。
それが人によって違うというのは周知の事実。
周知の事実なんだが。


問題はそこからだ。
その上で、自分はどう思うのか。自分はどう捉え、どう判断し、どう進むのか。
書かれてあることは本当かもしれないし、本当のことの一部かもしれないし、本当のことをねじ曲げられたものかもしれないし、そもそもデタラメかもしれない。
そこから何を学ぶのか。


その記事は個人の「意見」なのか「偏見」なのか。
それも有り得ると捉えるか、それはおかしいと捉えるか。
それも個人の判断だ。


言葉にすることは本当に難しい。
積み重なった自分の今までの思いや考えを、誤解のないように短い文章にまとめるということは、落ち着いて時間をかけなければ、私にはできない。
ここに書くときも、考えをまとめながら言葉を選びながら書いているので、時間も気持ちも余裕がなければ完成しないし、そうやって書いた文章であっても、私の考えの全てを表せるわけでもない。


それでも考え続け、自分の意見をまとめ、表すこと。
今回、何が私にいちばん引っ掛かったのか考えた結果、答えは「思考停止」だった。
何かを決め付け、それ以上考えない。
いちばん恐るべきは、思考停止である。