変化と変容の中で

先日の夜の出来事。

夜中にランニングして、家の近くまで戻っていたところで、歩道の右側、マンションの入り口みたいなところに自転車が倒れていて、60代ぐらいの女性が起こそうとしていた。

見るからに、一人では無理な状態。

左ハンドルに袋2つ、右に1つ、後ろのカゴに1つ、で、手にも袋を持っている。

力のあるわたしでも、一人では起こせない。

わたしが立ち止まったら、助けてほしいということ以外にも延々としゃべっていたんだけど、外出自粛と言われてて久しぶりにマルエツに行ったら買いすぎた、この手に持っている袋を左ハンドルにかけたい、こんなに買うつもりじゃなかったんだけど家はこの先だから近いから大丈夫、云々かんぬん・・・

いや、これは買いすぎでしょ、しかも左ハンドルに3つもかけるの?大丈夫?

でも本人曰く右ではなくて左にかけるんだ、ということなので、そうですか、みたいな感じで自転車を支えてあげて、お気をつけて、と見送ったんだけど。

こっちも夜中のランニングだからマスクしてなかったけど、向こうもしてない。

これは濃厚接触か?とか思ったけど、軽く緊急事態だし、向こうは全然気が回っていないし、一方的に話してたし。

いや、助けるのはいいんだけど、微妙だな・・・なんて思いながら、もうそこからは走る気も無くなって歩いていたんだけど。

 

ん?

今、11:30過ぎてるよね?

マルエツって、コロナの影響で時間短縮してるから、確か夜は10時までだよね?

どう考えても、時間がおかしくない??

おばちゃんが営業時間を無視して長居していたとしても、それでも1時間はおかしい。

 

いろんなことが不自然すぎて、狐につままれたような、なんとも言えない気分になった。

外出自粛の結果、夜中に買い物に行って自転車に荷物載せすぎて倒れる、って・・・

ちらっと見えたトイレットペーパーが、この騒動の一部始終を物語っているようだった。

 

年代的に、ネットを使って大きな荷物や重いものは配送してもらおう、という考えにもならないんだろう。

ああいう人にこそ、必要なのに。

なんとも苦々しい。

 

そういえば、父の店を手伝っていたとき、持ち帰れないほどの買い物は父が配達してあげてたな。すぐに使うものだけ持って帰って、あとは配達するから、と。

ああいう、地域の小さな店だからの小回りのきくサービスは、年配の人には重宝していたのかもしれない。

 

 

アフターコロナでは格差がますます広がる、みたいな記事を見かけた。

情報格差も含め、ネットやITなどのアクセスに疎い人は、どんどんこぼれてしまう。

ついていける人とついていけない人との差が、どんどんと深まってしまうのかもしれない。

それも時代の変遷なのかもしれないけど。

 

結局「種」は、変化したものが一番強い。

環境に合わせた変容ができるものが、結果的に生き残る。

 

 

わたしは何を見たんだろう。

そう思った夜だった。

 

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写真は1年前の、松前の海。