意図的に不都合なことを明記せず、曖昧にしていたトップたち。
法的には不正にならないから、個人が訴えなければやり過ごされて終わってしまう。
今までにも不審なことがあり、今回の件も一抹の不安はあったのだが。
まさか、そんな非情なことはしないだろう。
私はそう思っていた。
私が甘かったといえば甘かったのかも知れない。
物事は疑っても、人は疑いたくなかったのかも知れない。
自己主張するのが苦手ということもある。
結果にはショックを受けた。
真剣に傷ついた。
だけど…
もし、半月分の実績が反映されないことを知っていたら、手を抜いただろうか?と、今日ふと思った。
支払われない授業を、入れただろうか?
多分、入れたんだろう。
そう思うと、またなんだか泣けてきた。
それは性分だ。
入れたかったんだろう。
というか、薄々気付いていたはずだった。
でも、ちゃんと「やり抜く」ということが、したかったんだろう。
どんなことをされても、自分は筋を通したかった。
そんな融通の効かない性格なのだ。
この悔しさは、何に対する悔しさなのか。
まだわからない。
ただ、このことで、私はまた一つ何かを得たんだと思う。
学んだんだと思う。
体験として。
経験として。
世の中には、まだ私の知らない何かがある。
何があっても、毅然と生きていく。