言霊とエネルギー

宮島レポートの続きを書こうかと思っていたんだけど、ちょっと他のことが浮上したのでそちらを。


人は思った方に動くと思うし、自分が発する言葉には気をつけないと、と思う。
だからできるだけマイナスなことは言いたくないし、できるだけ前向きな、希望が持てることを言いたい。
誰かを褒めたり励ましたりしたい。


その反面、真実はまっすぐ伝えないと、と思う傾向があって、遠回しにとかオブラートに包むとかせずに言ってしまうこともある。
こんなキツイことを言ったらものすごいダメージを受けるんじゃないかと思ってハラハラするんだけど、でも本当に思っていることを言わないのも気持ち悪い。
自分に嘘をついてるみたいな気分になるから。


最近、落ち込んでいる友人に一生懸命?励ましの言葉を送っていたんだけど、言っても言ってもまた来るのは同じような内容で、わたしがどんなに言ったところで本人は変わらないんじゃないかと思えてきて、人を動かすなんてことは幻想に過ぎないんじゃないかとか、わたしの傲りなんじゃないかとか思う一方、「幸せになれないと思っていたらなれないよ」とか書いてしまったら、その言葉がダメージを与えてしまうんじゃないかとか心配になったり、矛盾を抱えてしまってなんだかモヤモヤしている。


結局、なるようにしかならないし、自分のことは変えられるけど人のことは変えられないし、でもそれでも何かできるような気がして、それを期待して言葉をかけるんだけど。


立ち上がり方って、自分でしか学べない。
自分の答えは自分で見つけるしかない。
それがわからないと言われると途方に暮れてしまう。


たった一言で人生が変わるなんてこと、あるんだろうか。


わたしはどの言葉も積み重ねで、インパクトが強いもの弱いものあるけど、素通りしていたような言葉にある日突然ハッとしたりもするし、この一言(だけ)で変わった、ということはないと思う。
だから、転換って一気に変わることじゃなくて徐々にシフトチェンジすることだし、一つ一つを落とし込んだ上での決心があったり行動があったりするんだと思う。


だとしたら、誰かを一気に浮上させるような言葉もないし、一気にどん底に落とすような言葉もないのかも、と、ふと思った。
まぁ、意図的に落とそうと思えば落とせるのかもしれないけど。


それより、結局はどんな気持ちで言っているかとか、魂や想いがこもっているかとか、そっちのほうが大事なんじゃないかな。
言っている言葉自体も大事だけど。


言葉には魂が宿る。
そこにどんな魂が宿っているかは、言った人や状況によって違うのだろう。
とりあえずわたしは光り輝く魂を宿らせたい。