転換期

首都閉鎖になるかもしれない、と聞いて、地方に移動する人たちが記事になっていた。

そのコメントに、そんなことしたら地方で拡散されるじゃないか、というのがあったけど、その危惧、現実になりかねない。

「外出しないで」と言われて地方に帰る人たち、地元に「帰って来なさい」という親たち。

そういえば、入金の必要があるのに「長野の別荘で静養しているので振り込みができません」って、トラブっている謎のケースもあった。

 

なんでそうなるの。

家にいればいいだけなのに。

 

ま、世界中で起こっている現象ではある。

外出して罰金になったり拘束されたりする国もあるわけで。

そこまでしないと行動を規制できないから、ということだから、人間なんてそんなものなのかもしれない。

 

「自分は感染しているけど無症状と思って行動しろ」というTwitterを見かけたけど、本当にそれだと思う。

自分も感染しているかもしれない、周りの人が感染しているかもしれない、そう想定して、とるべき行動を考える。

そうしたら、わざわざ実家のある地方にロックダウン回避のために移動する、なんてことはしない。

大事な家族を感染させてしまうかもしれないんだから。

 

リモートワークだって、満員電車で感染するのを避けるという意味もあるけど、万が一、自分がかかったとしても拡散させるリスクを下げているという意味もある。

首都圏で一人暮らしをしているのだとしたら、家から出ないのがいちばんいいはずなのだから。

 

内田樹先生が民主主義が機能しなくなっているという記事をアップしていたけど、まさに社会とはそういうことで、自分の行動や選択が作り上げているのに、そこに無自覚な「大人」が増えている。

全く同じ問題だと思う。

社会の一員であるという責任を放棄した「大人」が事態を悪化させている。

なんだか今は「若者たち」の行動が非難されているけど、そんな若者たちを育てたのはその上の世代の「大人たち」だ。

生活の保障を「和牛券で」とか言っている政治家の、どこに説得力があるというのか。

真剣に考えているのか。

 

あと、茂木さんが言っていたけど、国会のあの形式も、もう変えなければいけない。

質問者と時間が事前に決まっていて、他の人は聞いているだけ。

それって、議論じゃない。

ちゃんとした会社なら、会議の前に話し合う内容が共有され、意見を持って集まり、話し合って方向性を決め、決定事項を実践して、また経過を報告して改善していく。

そのための議論だ。

一方的な報告だけなら、会議なんか必要ない。集まる必要なんかない。

 

決められたようにしか動かない、という性質を、そろそろ手放すときだ。

自分で考え、意見を持ち寄り、話し合って、よりよいものを創っていく。

そういう世界に向かうときだ。

人間の脳が持つ能力を、もっと生かす。

その転換期なのかもしれない。

 

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